インタビュー:東京大学広告研究会
記事作成:東京大学広告研究会
日本の伝統工芸の要である”筆”を絶やさない
〜日本の伝統工芸を守り継ぐ”GNT企業”〜
株式会社白鳳堂は筆づくりの歴史を持つ熊野町で1974年に創業され、伝統工芸の技術を応用した化粧筆を職人の手作りによって製造しています。月産約50万本もの生産能力を有し、国内外で確固たる自社ブランドを築き上げています。そして創業から46年目にあたる2020年には、経済産業省が認定する『グローバルニッチトップ企業100選』に選出されました。
一般的に、化粧に用いるものとして化粧ブラシが広く知られているかと思いますが、“化粧筆”というものがあることはご存知でしょうか。化粧筆は、一般的に知られているものとは全く異なる肌触りを持ち、様々な機能性を有しているものがあります。今回、高品質で高機能な化粧筆を開発した、この分野のパイオニアである株式会社白鳳堂の常務取締役 統括本部長 髙本 光 様に取材させて頂きました。
化粧ブラシとは異なる化粧筆
化粧筆の開発経緯
―化粧筆の開発を始めた経緯について
弊社は、元々家業の洋画筆の製造に携わっていた創業者が、「伝統工芸の職人が使うような和筆、たとえば陶器や漆器の絵付けをするような筆や日本画の筆を、道具としてちゃんと使える筆として使い手に届けたい」という思いで独立したことに起源を持っています。しかし、それらの筆は市場規模が小さいことや少量多品種であることから、収益が上がりにくい分野でもあったため、会社を経営するにあたって化粧ブラシの市場に参入しました。当時の化粧ブラシは機能性として拙いものが多く、それまで培ってきた筆製造技術を活かせないかということで化粧筆の開発に着手しました。
化粧筆とは
―化粧ブラシと化粧筆の違いとは
化粧ブラシと化粧筆の大きな違いは、「毛先を切り揃えるのが化粧ブラシで、毛先を切らずに形作るのが化粧筆」という表面的な違いも挙げられますが、やはり大きな違いはその機能性にあります。化粧というのは濃淡を出したり立体感を出したりすることが重要になりますが、それを可能とする機能性を持ったものが化粧筆です。水彩画や油絵を描く際に用いる洋画筆は、基本的には液体を使用して平面状にものを描くことが多い一方で、伝統工芸に使われる筆は液体のみならず粉なども使用して、平面だけでなく立体に描くこともあるため、先述した化粧の濃淡や立体感を出すのに適切です。弊社が開発した化粧筆は、日本の伝統的な筆製造技術を参考にしながら化粧に必要な機能を落としこみ、それぞれの仕様に応じた筆となっています。
他社との差異
―白鳳堂のオリジナリティ
一般的な化粧筆と弊社が開発している化粧筆との大きな違いは、オリジナリティにあります。弊社の化粧筆作りは、伝統工芸の筆の技術を活かしながら化粧の用途に合わせて必要な機能を落とし込んでいますので、例えば、『なぜこの長さや形にしなければいけないのか』を考えて一から職人の手作りで筆を開発しています。一般的に伝統工芸品は職人による手作りで生産しており、各職人の癖や技術精度に依存してしまうことから、同じ形のもの、同じ機能性のものを安定して量産することは非常に難しくなっています。これは伝統工芸の良い面であり悪い面でもありますが、高機能の化粧筆を量産うえではこういった差異を排除する必要があります。お客様にとって、いつ買っても高機能な化粧筆を提供するために、弊社は様々な工夫をしながら化粧筆の開発に取り組み、その結果、高品質でオリジナリティに富んだ化粧筆を安定して大量に生産することが可能となりました。
獣毛と合成繊維
―天然の動物の毛を使うことによる差別化について
結論から言うと、獣毛(天然の動物の毛)を使っているからといって差別化になるわけではありません。というのも一次加工された獣毛は多くが中国で生産されており、それらを仕入れる段階では誰が買っても同じものになります。そのため、ある程度品質の高いものを買えば原料の差別化は生まれません。そうではなく、獣毛を仕入れた後の各社の筆製造技術やノウハウの違いが品質の差となってあらわれるのです。また、「獣毛に比べて合成繊維は品質が劣る」といったイメージを持たれがちですが、弊社は、繊維業者と共同して獣毛にも引けを取らない合成繊維の開発に努めています。その結果、弊社の化粧筆は、近年では合成繊維であっても獣毛に近い機能性を持っています。「獣毛だから」とか「合成繊維だから」という考え方はもう既に弊社の中では完全になくなっており、特に今後、獣毛の供給が少なくなっていく中で合成繊維の活用可能性は非常に重要になると考えております。
職人の手作りが作り上げる“白鳳堂ブランド”
手作りに拘る二つの理由
―世の中が機械化の流れにある中で手作りに拘る理由とは
弊社が機械化を行わず職人による手作りに拘る理由は二つあります。まず、筆作りの工程は“ハイテク”ではなくいわゆる”ローテク”になりますが、複雑で繊細な高い技術を必要とし且つ機械化しにくいという側面があります。なお、数十億の市場規模があれば、多額の資金を使って機械化させた方が全体的に効率化を図ることができるかもしれませんが、筆の市場はそこまでの規模がないため、それだけの機械や設備を投入してもそれに見合った付加価値を取ることができません。一方で、日本の高い労働技術とモチベーションを活用して良い品質、良い製品を作り上げるということがもう一つの理由になります。職人による手作りに拘った結果、”白鳳堂”というブランドを使って世界中のお客様に喜んでいただけるような品質の筆を提供することに高い付加価値を見出すことができます。機械化を活用して他国で安価な製品を量産するという流れがある中で、弊社は白鳳堂ブランドを掲げた高品質の化粧筆を日本国内で製造し、お客様に提供していきます。
高い生産能力
―手作りで月産50万本を可能とする生産能力について
手作りにも拘らず高い生産能力を可能とする一つの仕組みとして、工程を細分化するということが挙げられます。化粧筆を作る上では工程が80ほど存在しますが、それを一人の職人が横断してやると、その職人の癖や技術的精度の影響を大きく受けてしまいます。それを極力なくすために一定の工程を細分化して職人を配置させることで、各工程のプロフェッショナルになってもらい、1人1人が各技術を高めて癖をなくしていきながら量産を可能にしていきます。
OEM生産
―自社ブランドを築き上げながらもOEM生産を行っている理由とは
弊社が自社ブランドを築き上げながらもOEM生産を行っている理由は二つあります。
まず、世界中に白鳳堂ブランドの販売網を拡大し、店舗展開を進めるためには、会社の規模を大きくし人材や物流の確保、そして各国の法規等を学習しなければならないなど、莫大な資本が必要となりますが、弊社を始めとする中小企業がそういった展開をするのは事実上難しいという点が挙げられます。もちろん、ECサイトを使ってオンライン販売をする手もありますが、弊社が製造している化粧筆は、使っていただくお客様に実際に手にとって選んで頂くことが望ましいため、不十分とも言えます。それに対してOEM供給は、弊社が開発して提案した筆をお客様のブランドで、世界中で売っていただくということができます。即ち、化粧筆という市場の拡大に繋がるのです。お客様の手に渡る商品は、確かに白鳳堂ブランドではないかもしれませんが、OEM供給によって世界のいろんな場所で弊社の製造した高品質の筆が流通することで市場が拡大し、最終的には『白鳳堂の筆を使いたい』というお客様がいればいいのです。
もう一つの理由は、OEM生産を行うことで工場の生産規模を向上させ、従業員の育成や工場の安定に繋げることができるという点です。もっと言えば、取引先である仕入れ業者の経営基盤安定にも繋がります。ある程度の量産をしていくということは産業の仕組みの中でも非常に重要であり、そういった面でもOEM生産というのは非常に重要な要素になっています。単純に白鳳堂ブランドだけで付加価値が取れるからといって、自分たちさえ良ければ良いという考えでOEM生産をやらなくなると市場が縮小してしまいます。
高品質に拘るからこそ生じる”模倣”の弊害
模倣の被害
―流通を拡大していく中で生じる弊害は
弊社が世界に進出し始めた頃では、そもそも高品質な筆がなかったため取引をしたいと希望するブランドが沢山いらっしゃいました。しかしある程度市場に高品質な筆が流通すると、今度は「良いものを参考に安い物を作らせて、良い物っぽく売る」という“模倣”が発生してしまいます。これは取引先にとってある種の麻薬のようなもので、弊社の商品を最初は取り扱っていたものの、同じ形状の筆を他社で製造させて仕入れ価格を安くし、販売価格を同じにして売ることでより儲けることができます。そういったことを始められると市場が壊れてしまいます。他方、お客様にとっては、せっかくいいものだと思って買ったのにも関わらず、いつの間にか品質が悪くなってしまったとなることから、お客様は次第に買わなくなり、結果として市場が縮小してしまいます。そういった模倣の被害にあったことから、ここ10年でOEMの取引先が変化したという印象があります。
特許戦略
―模倣の被害を留めるための対策について
最初は『筆の穂製造法』という特許を取得しましたが、特許を取ると製造工程に関する情報公開がなされます。筆の製造はローテクであり実際にその特許を使って模倣されたとしても、「本当にその特許を用いて作ったかどうか」というのを立証して提訴することが難しいです。そうしたことから、特許を出願することは利益よりも不利益を被ることが多いということが分かりました。それ以降、特許をあえて取得せず、製造工程や技術を工場内に留めることでブラックボックス化を図り模倣の対策を施しました。
47年間繋いできた伝統工芸の技術
会社を長く存続させるための戦略とは
―化粧筆の販売戦略
創業当初は、目標を立てて戦略的に動くということは中々難しく、それよりも必死で1日1日の仕事をやっていくという感じでした。弊社が化粧筆を開発してその後世間に認められたというのも、本当に創業者が必死になって日々の仕事をこなしていった結果だと思います。冒頭で弊社の創業の理由をお話しましたが、当初は職人が使うような伝統的な筆を作るといったことが始まりで、そこから技術を水平展開して化粧筆を作ることになりました。最初は「こんな筆で化粧はできないよね」といった素朴な疑問に始まり、自分たちが持っている技術を使って、使いやすい化粧筆を開発していったという流れになります。もちろん、「化粧筆を使えば綺麗に化粧ができる」という一種の戦略的なことが一部あったにせよ、本当に売れるかどうかなんてわからないですし、実際に売り歩いてもうまくいかなかったこともありました。そうした中で、ある海外のブランドと取引が始まったことをきっかけに道が開けたという流れになります。そのため戦略があって目標を成し遂げたというよりも、そもそも自分たちがやりたいことを一生懸命模索しながら取り組んだ結果こうなっているというのが、スタートから軌道に乗るまでの流れだと思います。
47年繋いできた歴史
―会社を長く存続させるための秘訣とは
弊社としては、とにかく事業をして儲かれば良いといった考え方ではなく、お客様に良いものを使って頂きたいといった考え方が根底にあります。弊社のGNT製品は高級化粧筆ですが、高級路線をあえてとったというよりも、高品質な製品を適正な価格でお客様にお届けしたいという考え方があります。例えば、仮に弊社が販売する筆の値段を2倍にして一部のお客様に向けた敷居の高いブランドにした場合であっても恐らく売れると思いますが、そういったことは絶対にしたくありません。もちろん、商品や接客などの品質を高く保つためにはそれなりのお値段になりますが、あくまで、「丁寧な化粧をするために白鳳堂の筆を使いたい」と思ってくださるお客様にちゃんとお届けしたいという考えを軸に展開しています。また、お客様のみならず、取引先や仕入れ先なども含めて色んな方々と良い信頼関係を築いていくということが大事なことだと思っています。売上というのは信頼の裏返しであって、会社や製品に対する信頼がなければお客様は買ってくれません。弊社としては、やはりお客様や取引先、仕入れ先の方々からの信頼を大事にしてきたことこそが、会社を長く続けることができた要因だと思います。
伝統工芸を守っていくことの意義
―伝統工芸を守っていくことの意義
弊社の企業理念には「筆ハ道具ナリ」という言葉を使っていますが、その言葉の背景には日本の伝統産業があります。ほとんどの伝統工芸は製造工程で筆を使う場面があります。即ち、筆は文化の担い手の道具ともいえます。そのため、筆の製造を疎かにすると、日本の伝統文化が廃れてしまうとまで思っています。確かに、商売的には非常に厳しい事業にはなってしまうかもしれませんが、日本の伝統工芸を絶やすようなことは絶対にできません。京都に弊社の店舗を構えた理由のひとつもそこにあります。京都は日本の伝統的な伝統産業が集積しているところで、伝統工芸に使う様々な道具を必要とする人たちが集まっています。しかし近年では、筆を製造する商売が儲からないことから製造をやめてしまう人たちが沢山出てきて、職人たちは自分が過去に使っていた筆が手に入らないという状況に陥っています。このような状況下において我々が辞めるわけにはいきません。日本の伝統工芸の文化を守っていくためには我々が継続して筆の製造をしていく必要があります。有難いことに化粧筆で非常に注目をいただいておりますが、弊社の存在理由として究極的にはそういった面にあると考えています。日本の伝統文化を守る会社として、これからも筆の製造をしていきたいと思います。
<GNT100インタビューのおわりに>
今回、この記事では”化粧筆”という非常に優れた機能性を持つ化粧道具を開発・製造されている白鳳堂様を取り上げました。この記事を読んで、模倣の被害に苦しみながらも「お客様により良いものを使って頂きたい」という想いから高品質な化粧筆を製造されている白鳳堂様の熱意や信念が伝わったかと思います。また、日本の伝統工芸の文化を絶やさないためにも”筆”をこれからも作り続けていく白鳳堂様の姿に日本の伝統文化の未来を感じたのではないでしょうか。これからの動向にも注目しましょう。